空手の先生の思い出(後編)
前回までのあらすじ
高校時代空手部員だった俺は、ブロック割りを失敗したことはなかった
そろそろ2枚に挑戦したいと思っていたが指を負傷
いつもの1枚でもどうかという時に、先生に2枚へのチャレンジを勧められたのである!!
そして失敗する
ブロックの前に立ち精神を集中させる
ブロックを割る時のフォームを意識しながら、1回、2回とゆっくりとブロックを叩いてみる
そしてまた正面に立ち、今一度集中
「押忍!!」
の掛け声とともに、素早く腕を振り回しブロックを叩く!!
がっ、割れない!!
失敗だ!!
2枚に重ねられたブロック
その内の上段1枚は割れたが、2枚目にはヒビすら入っていない
「ダメだダメだ!!もう1回!!」
先生の檄が飛ぶ
しかし負傷した俺の指は限界を超え、ちょっと痙攣しだしていた
正直負傷した状態で1枚割っただけでも褒めて欲しいものである
それでも「……押忍」と力なく答えて再度チャレンジする
しかし「割れる訳がない」と思っていて、当然力が入るはずもない
2回目は1枚目のブロックを割ることすら出来ずに失敗に終わる
打ち終わりの姿勢が悪かったのか、土台が崩れて上段のブロックがズレて落ち、落ちた拍子に乾いた音を立てて割れた
「やはり乾いてると割れやすいんだな」
と
「こんなに乾いてるブロックすら割れなかったのか」
という思いが交錯する
「気合いが入っていないんだよ気合いが!!ぶったんるんでるんじゃねえぞ!!」
俺の割れる訳がないという気持ちを見透かされたのか、先生が声を荒らげる
しかし、気合いが入っていない訳ではなく
ないのは俺の指の感覚である
だんだん先生の言葉にも腹が立ってきた
先生が手本を見せる
「俺が見本を見せてやる!!」
と、先生が言い出し、先生がブロック2枚割りをやることになった
しかし、俺は先生が2枚割っている所を見たことがなく、本当に割れるのか疑問であった
1枚の時でもブロックに切れ目入れたりしてるくらいだし
若い時なら割れただろうが、先生ももう55歳を過ぎている
だんだん先生の言葉にもムカついてきていた俺は、「やれるもんならやってもらいましょうか」という気になっていた
しかし、先生が2枚割りをやろうとした時、部長がこう言った
「先生、もうブロックがありません!!」
なんと、もう試し割り用に買ったブロックを全部割ってしまって、ないのだという
さっき俺が割れなかった下段のブロックが1枚あるが、上段は落として割ってしまった為、あと1枚足りない
「どっか1枚くらいそこら辺に転がってないのか!!探して来い!!」
そう言う先生にうながされて、校内を探し回る事になった
ブロック探索隊
校内を探しながら俺は考えた
ブロックは乾いていると割れやすい
ならば、なるべく湿ってるのを探そう
あのジジイ(先生)にムカついていた俺は、なんとか一泡吹かせてやりたいと考えていた
湿り気……つまり水……
プールなんかはどうだろう?
急いでプールに向かう
俺より先に他の部員が乾いたブロックを見つける前に、湿ったブロックを見つけなければならないのだ!!
プールの基礎のコンクリートの下、日陰になったスペースを探していると、それはあった
まるで、天空の城ラピュタに出てきそうなくらい、湿り、苔むしたコンクリートブロックが!!
殺せる!!
このブロックならあのジジイを殺せる!!
喜び勇んでブロックを手に取り、格技場に戻る
良かった!!まだ他のメンバーは帰ってきていない!!
持ってきたスタジオジブリ作品のようなブロックを試割り用の土台にセットし
「先生、準備が出来ました!!」と報告する
先生はその苔むしたブロックを一目見るなり
「……ずいぶん湿ってるな」
と酷く嫌そうな顔をしたが、他のブロックを持ってこいとは言えずそのままやることになった
先生のターン
さあ、目に物見せてもらいましょうか……
みんなが見守るなか、先生がブロックの前に立つ
心なしか、いつもより予備動作が多く念入りな気がする
予備動作を終えて、今一度ブロックの前に立つ
「チェストーーーーー!!」
かなり独特な掛け声を上げて、先生が鉄槌を振り下ろす!!
乾いたブロックはちゃんと割れると「カラン」というような高い音がするが、湿っているせいか「ドゴォ」という様な低い音がした
お見事!!先生は一撃でブロック2枚を粉砕していた!!
これにはさすがに参りましたと言わざるを得なかった
かくして、先生は俺たちとのレベルの差を見せつけ、面目躍如を成し遂げたのである
ちなみにその後俺は万全の体調で乾いたブロック2枚に何度か挑戦したが、結局2枚割りを成功することは出来なかった
それを考えても、55歳過ぎの先生が、しかもかなり湿ったブロック1枚を含む2枚割りをしたのは、本当に凄いことなのである
これは俺がOBになってから後輩に聞いた話だが、先生がある時急に赤い帯を着けて来たらしい
なんでも、自分が元々空手を習っていた本家(?)から10段として認められて、進呈されたとのこと
たぶん凄いことなのだろうが、後輩からは「急に赤い帯着けて来たんで、とうとうボケたかと思いました」と言われていたが、お元気そうで何よりである